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 ぶろぐん
 


プロフィール
SASスタッフ
大阪センター 平尾
1948年大阪府生まれ。1996年1月に真氣光と知り合う。当時無職で気功に興味はあったものの、全く気功のことを知らずに知人の勧めですぐに入社。入社後3ヶ月で、久しぶりであった友人に顔のしわが減ったなどと言われる。同年5月に初めて真氣光研修講座を受講。受講後、夫に対して抑さえていた感情がでてきて夫婦喧嘩を繰り返すが、その後、夫の発する言葉の原因が理解できるようになり、夫の良さを感じられるようになるにつれ次第に心が楽になっていった。最初はあまりにも不思議で信じられない真氣光の内容に驚きの連続であったが、今はどっぷりつかっている。真氣光に出合う以前は、好意的に思えなかった夫のことも、真氣光のお蔭で今は結婚して本当に良かったと思えるようになる。気持ちが楽に過ごせる日々を送れていることに感謝の毎日。大阪センター勤務

沖縄センター 河地
1955年奄美大島生まれ。1994年に奄美大島にたった一人いた真氣光の氣功師さんを知人から紹介され、先代の本を借りて読む。自分の20代の頃から365日鼻水が止まらないほどの重度のアレルギー性鼻炎に悩まされ、また姪が先天性脊椎二分離症で生まれて、何とか良くしたいと思い、姪と共に東京へアユールヴェーダーと真氣光の治療を受けるために上京。最初のアユールヴェーダーであまり効果が見られず、池袋の東京センターを訪ねる。2日間の氣の体験とセミナーに参加し、変化が見られ、何だかよくわからないけれど、ハイゲンキをすると気持ちがよくて、ハイゲンキを2台購入。95年1月に沖縄での先代会長のセミナーに参加し、氣を受けると、年中でていた鼻水が止まる。同年5月に真氣光研修講座に参加。本で読んだことがすべて本当のことなのだと実感。最初全く氣が入ってくるのがわからなかったが、受講中目を開けるのも惜しいくらいミラーボールのようにピカピカと光るものを感じ、「これが氣だ」と感銘を受ける。その後、2年ほど自宅で地元の方々にハイゲンキを当ててあげたり、体験会などを開催。「真氣光は心身のバランスをとってくれる、真氣光はハイゲンキがあるから信じられる」と真氣光に対し強い信頼感があり、続けてきたお蔭で、地位や名誉よりも大事なものがあるという価値観や、見方、考え方が変わり、色々な段階でそれぞれの見方や考え方があるのだと氣づく。97年10月に沖縄センターに入社。一度家庭の事情で退社するが、2003年4月に再度入社。各地のセンターで研修させていただき、同年8月に福岡センター勤務、2010年9月より沖縄センター勤務となり、現在に至る。

大阪センター 両角まゆみ
1965年(S40年)長野県生まれ。1991年10月に真氣光と知り合う。真氣光と出合ったとき、体調が悪く病院を転々とし、知人を通して真氣光を知った叔母から、「気功をやってみない」と聞かれ、「病院の先生は病気を治してはくれない。自分で自分を治すしかない」と気づいた。1992年に当時下田で開催されていた真氣光研修講座第14回に参加、その後徐々に体調も良くなっていき、23回に二度目の講座に参加。先代が企画した外国ツアーに参加し、入社のきっかけとなる。自分と同じように辛い思いをしている多くの人たちに真氣光を伝えて元気になってほしいと思い、1993年4月に入社。1996年まで東京本社勤務、1997年名古屋センター勤務、2000年札幌センター勤務、2004年東京センター勤務。真氣光研修講座の担当も経験。20010年8月熊本センター勤務、2011年3月大阪センター勤務となり、現在に至る。

東京センター 庄子
1974年(S49年)宮城県仙台市生まれ、千葉県育ち。1992年、真氣光による母親の椎間板ヘルニアの快復を目の当たりにし、自宅にて氣中継器ハイゲンキを使用する。1994年、自身もギックリ腰や不思議な体験をし、当時伊豆下田で開催していた真氣光研修講座に参加。そこで「氣」の世界を学び価値観や人生観が大きく変わり生きる目標ができ、内定していた会社を辞めさせてもらい㈱エス・エー・エスに入社。以来、「ただ何となく生きている」という状態から「日々明るく前向きに生きていく」という心の変化や、氣に満ちた体創りを維持するという肉体的な面にも目を向けられるようになり、心身共に充実した生活を送れるようになった。
現在では、家族皆が真氣光を学び、氣に満ちた家族関係の下、お互いを助け合い楽しく生活を送るという、以前は理想と思い描いていた環境で日々を送っている。
東京・ハワイ・カナダ・大阪・真氣光研修講座スタッフ・九州・仙台の各支店を経験し、東京センター勤務となり、現在に至る。

東京センター 佐久間均
1955年東京生まれ。1993年、兄夫婦が真氣光に出合って、真氣光研修講座に参加。当時アメリカに在住していた自分に、月刊ハイゲンキを送ってくれていた。次第に興味を持つようになる。長時間根つめた彫刻の仕事で、首を痛めたりしたが、氣と心身の関係などに納得し、研修講座受講を考えるようになる。第二の人生を良きし、翌年7月に帰国し、同年10月に研修講座に初めて参加、その後すぐに入社する。入社後、当時あった香港のセンターに勤務。95年12月、先代が他界するとともに帰国し、東京センターに勤務。その後大阪センターへ、そして社内結婚し、現在は3人の子供に恵まれる。家族でも度々研修講座に参加。真氣光に出合ってから、あまり先のことを考えず、おまかせの境地になれるようになり、また当たり前のことに感謝する心が増えるとともに、幸福感も以前にも増して感じるようになる。2000年7月から東京センターに勤務、現在に至る。家族:妻、長女、長男、次女

名古屋センター 松本裕嗣
1968年大阪生まれ。脱サラ後整体を学び、途中友人を介し真氣光を知るが全く関心を示さなかった。2年の月日が流れ、自分の人生の転換期といえる時期に改めて真氣光に出合う。真氣光をするかどうか日々熟考の末、自分にとっての大きなこだわりが取れ、本格的に真氣光を学ぶべく研修講座に参加する。自分の不思議な体験や多くの方の体験談から真氣光は本物であると半確信。熱くなると信じこんでしまい易い自分の性格を知るがゆえ、真氣光に対しては特に客観性を常に持つべきであると自分に言い聞かせ、簡単に真氣光色に染まらないように一定の距離を置く。その後、疑心暗鬼の日々が続く中、自分の体験を通し少しずつ理解を深めていた折、友人の研修参加をボランティアスタッフとしてサポートすることになり研修の裏方に加わる。
当時の会長とスタッフの雰囲気が以前のものと全く違っており、アットホームな感じに魅了されると同時に会長に惚れてしまう。その後、偶然のようなことがいくつも重なり、1997年夏にエス・エー・エス入社。3ヶ月間九州で気功体験会の経験を積み、その後大阪センター勤務。98年夏名古屋センターへ転勤、現在に至る。スタッフへなって以降も客観性を重視するよう努めているが、半確信状態だった真氣光への思いは時を経て実体験を積み、完全に確信へと変わっている

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