
2005年7月の対談

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| 中川 雅仁 |
川嶋 朗 さん |
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(なかがわ まさと)
1961年北海道生まれ。北海道大学工学部卒。(株)エス・エー・エス会長。全国各地で真氣光しんきこうと呼ばれる氣を通して意識改革に精力的に取り組んでいるほか、奈良県生駒市にて意識改革を目的にした合宿『真氣光研修講座』を開催し、好評を博している。著書に『こんな癒しがあった!』(文芸社)、新刊『氣で生きる力が湧いてくる』(ごま書房)などがある。 |
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(かわしま あきら)
1957年東京都生まれ。北海道大学医学部卒業後、東京女子医大へ。93年〜95年、ハーバード大学へ留学。2003年より、東京女子医大附属青山女性・自然医療研究所自然医療部門責任者。東京女子医大助教授。 |
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■床屋さんの白衣を見ても泣き出す子だった
中川 ご無沙汰しています。先生には、ハイゲンキマガジンにも、『ホンネTalk』というコーナーで連載していただいていましたが、会員さんにはとても好評でした。 今、統合医療とか代替療法ということで、医療の世界も大きく変わっていますが、先生はその旗手として雑誌のインタビューなどでよくお見受けします。 真氣光のことを理解していただいているドクターが、医療の最前線で活躍されているのを拝見すると、とても頼もしいし、心強いし、嬉しくなってきます。
川嶋 ありがとうございます。私にとっても、真氣光は自然医療をやっていくきっかけになってくれた存在ですから、とても大切に思っています。 大学病院勤めですので、いろいろとしがらみもありまして。連載も、もっと続けたかったのですが…。
中川 このクリニックは間もなく1年ですよね。クリニックというより、すてきなサロンで、照明も間接照明でとても落ち着いていますし、このフカフカのソファ。ここに座って患者さんは先生とお話するのですか。快適すぎて、眠ってしまいそうだなあ(笑)。
川嶋 いろいろと凝りましたよ。デザイナーに相談したり、家具も一流のものを探したり。これまでの病院とは違ったイメージにしたかったですから。
中川 病院というのは、ある決まったイメージがありますよね。消毒液の臭いがして、お医者さんや看護師さんが、忙しそうに走り回っている。 急患の人もいるだろうし、容態が急に悪くなる人もいるでしょうから、ゆったりもしていられないのでしょうが、ここに座っていると、どこへ来ているんだろうと戸惑ってしまいます。 それに、先生はいつもこの格好で診療されているのですか。白衣は着られないのですね。
川嶋 白衣が苦手なんですよ(笑)。子どものころからそうでした。 床屋さんの白衣を見ても泣き出すような白衣嫌いの子でした。どうしてだかわかりませんが、嫌いでしたね。 だから、自分も着ないですね。 いかにもお医者さんと患者さんという関係ではなく、今日、会長が座ってくださっている感じで、気楽にやりましょうという付き合いがしたいんですね。 患者さんも本音を言い、僕も本音が語れたら、お互いがより深くわかり合えるようになりますよね。そしたら、みんながもっと健康でいられるのではないかと思うんですね。
中川 そうですよね。氣の通い合いがないといい診療はできないと思います。お医者さんに遠慮していたり、緊張していたりすると、氣の流れが滞ってしまいますね。 ここでこうやってリラックスして、先生の笑顔を見ながら、お話をしているだけで、氣が通うのだと思います。 だから、特別な治療をしなくても、お話をしているだけで良くなっていく人もたくさんいるんじゃないですか。
川嶋 その通りですよ。初診で1時間、再診の方で30分ほどお話しますが、お話だけで良くなっていく方も多いですよ。 これも氣の治療だなと思っています。
中川 最高の氣の治療ですよ。このクリニック全体にもとてもいい氣が流れているし、ここへ来て、先生とお話するだけで元気になれますね。
■ハイゲンキを購入するための2つの条件
中川 先生には、ハイゲンキを積極的に使っていただいていますし、論文にも書いてくださったりして、本当にありがとうございます。 私は、先生の連載を読ませていただいて、先生の西洋医としてのハイゲンキに対するスタンスがすてきだなと思いました。交通事故で出血がひどい場合には、やっぱり西洋医学の力が必要です。でも、慢性病についてはハイゲンキがとても役立つと、そう書かれていましたよね。
川嶋 急性疾患では西洋医学はすばらしい効果を発揮します。でも、慢性疾患となると、西洋医学では打つ手がなくなることがよくあります。 そんなときには、ハイゲンキを使うことがあります。 最初は、診察室にハイゲンキを置くのに、いろいろと気を使いました。上司の許可をとらなければなりませんから。 さいわいなことに、『治療の妨げにならないことで、患者さんのためになることであればやっても構わない』と許可が出て、ハイゲンキを診察室に置くことにしました。 でも、全員に使うわけではありません。慎重に相手を選んでいます。 この人は西洋医学以外のアプローチを受け入れるのに抵抗のないタイプだろうかということがまず第一点ですね。そして、今がそのタイミングかどうかを見極め、『やってみますか?効果は保証できないですが』と提案するのです。 だいたい、みなさん、やってほしいとおっしゃいましたね。
中川 先生のご紹介でハイゲンキを購入してくださった方もいましたが、購入する条件というのがありましたよね。
川嶋 ぜひ家でもやってみたいという人がいますので、そういう人には2つの条件をクリアできれば買ってもいいよと言っています。 ひとつが、『ゆとりのあるお金で買えること』です。ハイゲンキを買ったら、明日食べるご飯にも困るというほど無理をして買うのは考えものです。まして、借金をしてまで買うというのは良くない。自分でお金を貯めて買ってくださいと言います。 2つ目の条件が、『もし効果が出なくても、誰のせいにもしないこと』です。 もし、ハイゲンキを買って、自分で当てても期待どおりの効果が出なかったとしても、それを売っているメーカーやすすめてくれた人に非難がましい気持ちをもたないことが大切です。『インチキなものを売りつけやがって』という気持ちをもつなら、買うのをやめなさいと言っています。そういうマイナスな感情が病気を悪くすることは目に見えていますから。 おかげさまで、私がすすめた人で、苦情を言ってくる人はひとりもいません。効果があるのももちろんですが、自分で納得いくまでハイゲンキを使えるのですから、満足してくださっているのだと思います。 ハイゲンキはすばらしい機械ですから、つまらないことから誤解が生じたりして、世の中から抹殺されたら、これは大きな損失ですよ。
中川 そういう慎重な姿勢は、私たちにとってもすごく参考になります。 私も、もともとはエンジニアですから、ハイゲンキも氣も覚めた目で見ていました。先代も言っていましたが、構造的には痛みがとれたりするようなものではないですから。 でも、使ってみると、いろいろと現象が起こってくる。やっぱり、これは氣の影響なんだなと思わざるを得ません。氣は、理屈より体験だなと、私は痛感しています。 先生も、もともと東洋医学を勉強しておられましたから、氣は身近なところにあったのでしょうが、真氣光はかなり特殊だと思いますので、すんなりとは受け入れられなかったと思います。 生駒へ参加されて、ずいぶんと意識の変革があったとお聞きしていますが。
■きつねにつままれた感じの生駒での体験
川嶋 それは大変な変革でしたよ(笑)。 アメリカ留学から帰ってしばらくしたら、急に右の耳が聞えなくなりました。耳鼻科で診察してもらったら、突発性難聴だと言われました。ステロイド剤を処方されましたが、まったく良くならない。 そんなとき、外来のナースから、腎センター所長の阿岸鉄三教授が気功をやっていると聞いて、相談に行きました。 そしたら、教授が真氣光を紹介してくれたのです。生駒で9日間の研修があるから行って来いと言うんですね。それが真氣光を知るきっかけでした。 氣功は、前々からやってみたいと思っていましたので、夏休みを利用して出かけていったわけです。1995年でした。脳溢血で倒れた先代が復帰された月だったと思います。 まあ、驚いたの何のって(笑)。 東洋医学をやっていましたから、氣については多少はかじっていましたが、中川先生が『氣功を始めます。目をつむってください』と言った途端に、踊り出す人がいたり、叫び声を上げたり、立てなかった人が立ち上がったりと、目の前で信じられないことが起こったわけです。 これは新手の宗教だと思いましたよ(笑)。でも、講義ではとてもいいお話が聞けましたし、別にお布施をよこせとも言いませんし、知らず知らずのうちに身も心もきれいになっていくという感じがして、すごく気持ちよかったですね。
中川 私が参加したのは下田の時代でしたから、生駒よりももっとすごかったですよ(笑)。仕事のストレスで体調を崩して、それを治したいという思いで参加したのですが、どんなことが行われているのかまったく知らずに行ったので、いきなり修羅場に投げ込まれたような感じでしたね。 最初は、まわりが気になって氣を受けるどころではありませんでした。 でも、いつの間にか体調が良くなり、何が何だかわからないまま、最終的には氣功師に認定されて、きつねにつままれたような1週間でしたね。
川嶋 そうですよね。講義で氣の出し方なんか教えてもらっていないのに、最終日に、氣を出してみなさいですから、どうやっていいのかわからないですよ。 まわりの人が、両手を出して相手の頭のところにかざしているので、それを真似してやっていたら、中川先生がやってきて、『大丈夫、出ている』って言われて、氣功師に認定されてしまったわけですからね。氣功師に認定されるなんてことも聞いていませんでしたから、会長と同じで、まさにきつねにつままれた感じでした(笑)。
中川 でも、先生も立派な氣功師になられて(笑)。
川嶋 ホント、不思議な合宿でした。でも、感謝の気持ちとか物の見方とか、ものすごく勉強になりました。 ハイゲンキも、最初は効果を信じていたわけではありませんでしたが、すばらしい時間を過ごさせてもらったお礼として購入したんです。『効かなくてもいいや』っていう気持ちで買ったんですね でも、合宿から帰って、『膝が痛い』という患者さんがいたので、まずは痛い膝に手をかざしてあげました。氣功師に認定されたと言っても、訳も分からずというのが正直なところでしたから、半信半疑どころか、効くなんて思ってないですよ。 そしたら、一発で痛みが消えてしまったんです。ウソだろと思いましたよ(笑)。 それで、面白くなってしまって、『だったらハイゲンキでも同じことができるだろう』と、積極的に使うようになったんです。 僕にとっては、忘れられない出来事だったですね。
■病気になるには意味がある。氣づきが大切
中川 先生が参加されたのは、ちょうど、先代が復帰した直後ということに深い意味がありそうな気がします。 と言うのは、私は、その時期から真氣光のエネルギーの質が変わったんじゃないかと思っているんですね。 先代自身が脳溢血で倒れて、たくさんの氣づきを得て、氣づきもなく病気を治すのは良くないと言い出しました。すぐには病気を治さないようにしたんです。 それまでの真氣光は癒しのエネルギーが強かったと思うのですが、先代が病気をしたことがきっかけで、そこに氣づきのエネルギーが加わったと思っています。 病気が治ることも大切だけど、それ以上に、病気から何を学ぶかということの方が重要なんだという風に変わってきた時期でした。 病気が治ることだけでは先生もこれほど真氣光を評価してくださらないと思います。でも、そこに氣づきという要素があって、先生の心にも大きく響くものがあったのではないかと、私は勝手に思っているのですが。
川嶋 その通りです。病気になるのは、必ずそこには何かの意味があってのことだと思います。そのことは、先代も何度も何度も繰り返して言われていたような記憶があります。 たとえば、がんが今、非常に多いですが、仕事上のストレス、家庭のトラブルなど、なぜ自分ががんになったのか、真剣に考えてみる必要があると思います。 がんもほかの病気も、『治す』ものではなくて、『治る』ものです。僕たち医者は、『治る』のを手助けするだけです。治すなんてことはできないわけです。 病気が治るのは、患者さんの内側から湧き上がる力です。それが、会長が言われる氣づきかもしれませんね。
中川 病気をしたことで人生が大きく変わっていくという人がたくさんいますね。家族関係が良くなったとか、あくせく生きることがなくなったとか、病気に感謝できるようになるんですね。 病気という、一般的にはもっとも忌み嫌うものが、これが感謝の対象になったとしたら、人生はばら色になりますよね。 実際、病気には人生をいい方向に変えていくエネルギーがあります。 病気になった人が、病気をどう受け止めるかで、まったく違った生き方になってしまいます。 だから、今、生駒の講座では、一見マイナスに見えるような出来事にこそ、氣づきのチャンスだよということを言っています。 しかし、言葉だけではなかなかマイナスをプラスに転化できません。そんなとき、真氣光を受けると、自然に気持ちがプラスの方向に動いていくんですね。 真氣光は、かつては病気治しのイメージが強かったですが、今はあらゆることから氣づきを得られるのを早める触媒のようなものではないかと思っています。
川嶋 実は、僕は治らない病気を二つ抱えているんです。 ひとつは足の腫瘍です。私の記憶の中で、足が痛くなかったことは一度もありません。子どものころから腫瘍があって、今でも押されるとすごく痛いんです。 子どものころは、東京中の大学病院、名医と評判の医者のところへ行きましたが、『切ってみないと分からない』と言われるばかりです。でも、手術をすると歩行困難になるかもしれないというわけです。 確かに押されると痛いけど、歩くのに支障がないからと、治そうという気持ちを捨てました。 今思うのは、医療の道へ進むようになったのも、氣功やホメオパシーなどを使った統合医療の道へ進むようになったのも、この腫瘍があったからだということです。だから、感謝すべき腫瘍なんですね。 中学生のころには、母親がリウマチで苦しんでいました。痛みで眠れない日が続いていましたが、鍼灸の治療を受けるようになってから、痛みが軽くなって眠れるようになりました。その様子を見ていたので、東洋医学が身近になっていたのだと思います。 あらためて、人生に無駄はないなと思います。
■来年から医師を対象に統合医療塾を始めます
中川 そんな気持ちで病気をとらえると、新しい道が開けてきますね。 あと、突発性難聴はどうなりましたか。
川嶋 治らない病気のもうひとつが、その難聴なんです。今でも不自由です。 でも、この病気は、僕を真氣光に導いてくれたありがたい存在です。真氣光を体験することで目に見えない世界への興味が広がり、ホメオパシーや波動医学についての勉強を始めて、今は臨床でも応用しています。 それにこの難聴が今、とても役に立っています。統合医療をやっていると、強引な売込みがあるわけですよ。『私の治療は何でも治るんだ』というようなね。そんなときには、僕の難聴を治せたら信じますって答えるんです。治せた人は一人もいません。あと何回かやれば治りますと言い訳するんだけど、僕は、何でも治るなんて言い方はやめた方がいいですよって言ってあげます。 世の中にいい治療はたくさんあるけど、何でも治る治療なんてありっこないですからね。そんな話をするのに非常に都合のいい難聴なんです。
中川 こういうドクターが増えたら医療は自然に変わっていきますね。 忙しいでしょうが、期待しています。 何か、今、考えていることがあるなら教えてくれますか。
川嶋 来年になるかと思いますが、統合医療塾を開きます。臨床経験5年以上の医師を対象にした統合医療を学ぶ場を作っていこうと思っています。 これからは、統合医療がますます注目されてくるのは目に見えています。患者さんが求めるのも統合医療になってくるでしょう。 しっかりと統合医療が語れて実践できる医師がどうしても必要になってきます。今はまだ玉石混交の統合医療ですが、もっとレベルを上げる必要があります。 そのための教育をやっていこうと思っています。 幸い、優秀な後輩がこのクリニックにも入ってくれることになりましたので、私ももう少し自由がきくようになると思います。 また、そのときにはいろいろとご協力ください。
中川 こちらこそ、よろしくお願いします。今日は、お忙しい中、ありがとうございました。 (2005年4月26日東京女子医科大学付属 青山自然医療研究所クリニックにて構成◎小原田泰久)
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