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対談内容



中川雅仁の巻頭対談いい人いい話いい氣づき
2006年2月の対談

中川 雅仁 ブラック 嶋田 さん
(なかがわ まさと)
1961年北海道生まれ。北海道大学工学部卒。(株)エス・エー・エス会長。全国各地で真氣光しんきこうと呼ばれる氣を通して意識改革に精力的に取り組んでいるほか、奈良県生駒市にて意識改革を目的にした合宿『真氣光研修講座』を開催し、好評を博している。著書に『こんな癒しがあった!』(文芸社)、新刊『氣で生きる力が湧いてくる』(ごま書房)などがある。
(ぶらっく しまだ)
富山県出身。日本テレビ「お笑いスター誕生」金・銀・銅賞を受賞し、芸能界入りする。国立演芸場にて奇術界史上二人目の金賞を受賞。1995年、日本奇術協会主催の世界大会国内予選にてグランプリを獲得し日本代表となる。2000年7月ポルトガルで開催された世界大会コミック部門で第4位。2000年度ベストマジシャンに。2001年パラオ大統領就任式及び独立記念日に大統領官邸でマジックを披露、大好評を博す。「笑点」「世界の怪人」「史上最強!花の芸能界」「ぴったんこカンカン」など数々のテレビ番組に出演。マジック演出家として複数の専門誌にエッセイなどを連載中。



■パラオ大統領の就任式と独立記念晩餐会に呼ばれて

中川 はじめまして、中川と申します。

嶋田 ブラック嶋田です。今日も二つの舞台を掛け持ちしており、本番前に打ち合わせやリハーサルがあり、タクシーで行ったり来たり走り回っています。ちょうど二つとも池袋付近だったので、合い間を縫って、こうしてお目にかかれて良かったです。

中川 ご活躍ですね!大変お忙しいところ、対談取材を快くお引き受けくださり、ありがとうございます。

嶋田 普段もテレビ出演や公演、ホテルのディナーショーや結婚式、パーティーなどのゲストとしてマジックを披露しているのですが、今の時期は特にイベントが多くて、忙しいのです。でも、人と人とのご縁、出会いを大事にしていますのでお会いしよう、と。

中川 この対談では、各界でご活躍の皆さんにお話をうかがってきました。もう15年ほども続いていて、毎月、映画監督、画家、作曲家、学者…と様々な方にお目にかかりましたが、「マジシャン」の方は初めてで、どういうお話になるのか楽しみです。

嶋田 私も、おたくの「月刊ハイゲンキ」は何冊か読んでいますが、いい本ですねえ。あのカラーページの「巻頭対談」に私も仲間入りかと、喜んでいますよ(笑)。
 ところで、10月には、パラオに行ってきたんですよ。2001年にレメンゲサウ大統領が就任し、その就任式及び独立記念日に呼ばれて行ったのが最初です。そのときに、大統領官邸の晩餐会でマジックを披露したら、これがまぁ大好評でした。大統領はじめ、皆さん大喜びで、ヤンヤの喝采(かっさい)!それで、翌年から毎年呼ばれるようになり、今年で4回目になりました。

中川 大統領官邸でですか、それは素晴らしいですね。パラオ…南太平洋ミクロネシア諸島ですよね。どうしてまた遠いパラオにご縁ができたのですか。

嶋田 私たちはいつも成田からチャーター便で行くのですが4時間くらいです。そのくらいで行ける島なんですよ。海がキレイでね、人々は親日的で、年間通して28度くらいの常夏の国です。
 パラオは昔、スペイン、そしてドイツの植民地だったけれど、第一次世界大戦以降、日本の統治領になったんですね。第二次世界大戦時は、日本海軍の重要な基地となりました。そのために、アメリカ軍の攻撃対象となって、1944年には「ペリリューの戦い」と呼ばれる激しい戦闘も行われて、日米両軍、そして現地人に多くの戦死者を出しました。
 その方々の慰霊をずっと続けている日本人がいらっしゃるんです。パラオに関する資料によれば、ペリリュー島には、戦死者一万人余りが天照大神と共に合祀されている「ペリリュー神社」、日本名は「南興神社」というそうですが、そういう神社が幾つかあるそうです。また、日本からの遺骨収集団もたびたびパラオを訪れています。そういう関係で、私もご縁ができたのです。

■芸人と観客が創り上げる場、「奇術」は「氣術」

嶋田 日本統治時代は、日本語による学校教育が行われていたし、今でもパラオにある唯一の公立高校では選択科目として日本語を取り入れているし、アンガウル州では公用語のひとつとして日本語が採用されているそうですよ。
 だからでしょうね、皆さん日本語が流暢でね、特に60代以上の人は全く日本語の会話に困りません。日本語がそのままパラオ語として使われているものもたくさんあるんですよ。例えば、ヤクソク、アブナイ、オイシイ、ベントウ、ベンジョなんかですね。

中川 そうですか。恥ずかしながら歴史に疎いものですから、知りませんでした。

嶋田 レメンゲサウ大統領の前は、クニオ・ナカムラという日本の名前の大統領ですから。前大統領のお父さんは三重県出身だそうですよ。パラオを訪れた日本の歌手がタクシーに乗って、「南国土佐をあとにして…」と歌ったら、運転手がボロボロ泣いた、という話も聞きました。

中川 パラオは、ずいぶん日本と関係が深い国なのですね。

嶋田 元プロレスラーのアントニオ猪木が島のひとつを持っていて、パラオで一番有名な日本人は彼なんですが、私は二番目ですね(笑)。10月1日の独立記念日にはオープンカーに乗って街中をパレードし、車を降りれば、子供たちが僕の後ろをゾロゾロとついて歩いて。自分で言うのもなんだけど、大変な人気なんですよ(笑)。
 4年連続で訪れていますから、パラオでは私の顔は知れ渡っている感じです。まあ、一度見たら忘れない風貌だといえるかもしれませんけどね。浜辺で、トランプを使ってマジックを見せたら、子供だけでなく大人も皆集って来て、目を丸くしてビックリ!大喜びしてました。
 パラオだけでなく、ロシア、ヨーロッパ、韓国、アメリカ…と世界中でマジックを披露してきたけれど、どの国でも大ウケでしたね。マジシャンは万国共通で、どこでも喜ばれます。英語が話せなければ通じないという世界ではないでしょう。言葉が要りませんから、そういう意味では、ミュージシャンと同じですね。

中川 マジシャンもいろいろいらっしゃるでしょうけれども、ブラックさんは数々の賞も受賞されるなど、大変人気が高いですね。それは、もちろん技術もそうですが、観客の方々はブラックさんが持つ独特の"氣"を感じるのでしょう。

嶋田 オーラのようなものかな、それはあるでしょうね。以前は外すことも何回かに一回かはあったけれど、今はそういうこともなくなりました。

中川 「外す」?どういうことですか。

嶋田 奇術は、観客も一体となって場の雰囲気を作り上げるのですよ。私だけが一生懸命にやっていても、観客がノッてこなくては気が抜けちゃう。そういうのは、やっぱり失敗です。そういう失敗だなという感じを「外す」と言ったんです。

中川 お客さんも一生懸命に真剣に観ていて、その場の雰囲気に張り詰めた感じがあって、そういう中に、続いて驚くような意外なことが展開して、ウワァ、と盛り上がって喜んで楽しんで、その手応えを、演じているブラックさんも感じて、「当たった」と嬉しく思う。

嶋田 そう、そう。

中川 そうすると、「奇術」は「氣術」と言ってもいいかもしれません(笑)。

■サラリーマン生活23年、宴会の場を盛り上げたくて

中川 ところでブラックさんは、どうしてマジシャンの道に進まれたのですか。

嶋田 私は23年間サラリーマンをしていましたから、いわゆる脱サラなんですよ。

中川 えっ、そんなに長くサラリーマンを続けていらしたのですか。それは意外でした。

嶋田 15歳のときに郷里の富山から、東京に出てきました。絵が好きだったから絵を描きたくてね。それで、映画の看板を描いていた兄貴が、ペンキ屋に紹介してくれたんですよ。
 でも、何年経っても描かせてくれない。色とりどりのペンキも、様々な刷毛もあるのに、一体いつになったら「描いてごらん」って言ってくれるのか…と。しびれを切らして訊いたら、「ウチは、絵を描くところじゃないんだよ。ペンキ屋だから」って。エッ!?大間違いの勘違い(笑)
 じゃあ、何で私はここに5年もいたんだろうと思ったけれど、仕方がないので、絵は諦めました。それで、仕事は営業だったから、気を取り直して、営業の仕事をうまくやることを考えるようになりました。
 営業には、お客さんから仕事をもらうために、いろいろ接待旅行や宴会があります。その度に座を楽しませるにはどうしたらいいか、と頭を使いました。はじめは冗談を言って笑わせたり、ちょこちょこと絵を描いたり、ギターを弾いたり、歌を歌ったり。
 あるときマジックをやったら皆すごく喜んでくれたんです。あっ、これだ!と手応えを感じて、それからは小遣いの大半をマジックに注ぎ込んで練習しました。とにかく、人を楽しませたくて一生懸命でした。営業部長は、宴会部長で(笑)。

中川 絵やギターもなさり…器用なのですね。マジックは独学なのですか。

嶋田 ごく初期に、野原先生という方に教わりましたが、本格的な勉強の仕方だったせいか、生徒がついていけず、教室は潰れてしまいました。その後は独学です。自分で試行錯誤して、練習に練習を重ねて、自分独自のものを創っていきました。はじめは口から火を噴いたり、危険なことばかりやっていました。観ている人を驚かそうと思ってね。
 それから、いろいろ道具を用意して使ったりもしていましたが、道具を使うものはお客さんが飽きちゃうのね。それより身近にその場にある物を使って、ヒョイッとやるのが喜ばれる。それで、タバコの芸に行きつきました。

■ポンチョとメキシカンハットで世界大会上位入賞

ブラック嶋田 さん中川 それで、営業部長から、マジシャンになられた。

嶋田 「本格的に人に見せればいいよ、皆、喜ぶよ」、と言われて、自分のスナックを開いて店でマジックを見せていました。でも、8年前に、一緒に店をやっていた女房が死んで、店をたたんで今のような形になりました。

中川 そうだったんですか。奥さんの後押しも大きかったのですね。

嶋田 そうです。今の私の舞台を観たら、喜んだと思いますよ。私の十八番は、ベサメムーチョの曲に合わせて、口の中から火の点いたタバコが5本、舌の上に並んで出てくるの。5本が放射線状にキレイに広がって。それを全部ゴックンと飲み込んで、ティッシュもどんどん水でゴボッゴボッと飲み込んで、顔をしかめて腹を押すと口から煙がモクモク出てきて。これは誰にも出来ない奇術だと、皆さん言ってくれます。
 あと、口からコポッ、コポッとピンポン玉みたいな煙の玉を出して、その玉がフワフワ空中に漂って浮かんでいるの。それを手でソォッと掴んで静かに潰すと、握り拳の中から砂みたいな塩みたいなものになってサラサラ〜ッて落ちてくる、これも人気がありますね。一度観てもらいたいんだけれどねえ、そうすると分かるんだけど…。

中川 私も機会があったら是非拝見したいです。あぁ、この写真ですね(と、ブラックさんから手渡された公演の写真を見る)。それにしても、大きなメキシカンハットにポンチョで、ブラックさんの出で立ちはユニークですね(笑)。

嶋田 これは、娘の舅さんが仕事でメキシコに行っていてお土産で買ってきてくれたものなんですよ。普段にはとても着られないから、舞台用にちょうど良いと思ってね。本場の衣裳です。

中川 よくお似合いで、本当にメキシコの方といっても分からないんじゃないですか(笑)。

ブラック嶋田 さん
コミック漫画「笑ゥせぇるすまん」(藤子不二雄A原作)の喪黒福造に扮して
嶋田 最近もラスベガスのマジシャンが来日してホテルで公演を行っていたのですが、その人とロビーですれ違ったら、「アッ、ブラック嶋田さんですね。僕はあなたのファンなんです。あなたの奇術は素晴らしい!」と、声を掛けられました。
 ラスベガスの一流マジシャンが、なんで私を知っているのかとビックリしましたが、彼はメキシコ人なんですよ。ポンチョとメキシカンハット姿をトレードマークにしている私に嬉しくなって、ファンになったということもあるのかな、と思いました。
 ポルトガルで行われた奇術の世界大会に出場するときも、「タキシードがいいんじゃないの」と勧められましたが、このメキシコのスタイルを押し通しました。そうしたら、それが大ウケでした。
 3年に一度の奇術のオリンピックといわれている大会があるんですよ。日本の予選でグランプリをとり、この世界大会に出場して4位でした。皆、総立ちで「ブラボー!」と称えて喜んでくれました。日本人が「コミック部門」で上位入賞するなんて、誰も思ってもみなかったことじゃないですか。前代未聞のことでしたから、私も興奮しました。嬉しかったですね。

■芸人であると同時に人間であり社会人である自覚を'

中川 ところで、ブラックさんのネクタイの柄は面白いですね。両手を合掌の形をしたものがたくさん描かれていて。

嶋田 あぁ、これは韓国に行ったときに露店で見つけたんです。安物ですよ。でも、デザインが好きで買ったんですよ。合掌は、祈りと感謝の形ですね。両手を合わせて「お蔭さまで、ありがとうございます」という。私は、これをいつも大事にしています。だから、公演が終わった後は、いつでも合掌をして、右に正面に左にとお辞儀をして感謝しているんです。

中川 それは素晴らしいことですね。今は、学校で給食の時間に合掌して「いただきます」と言うことも、宗教教育だからダメということで、しなくなってきていると聞きます。鐘の合図で、食べ始めるとか。何かおかしいですよね。いただきます」「ありがとうございます」という感謝の心は、とっても大事だと思います。

嶋田 私は色紙に何か書いてくれと頼まれるときに、よく書く言葉があるんですよ。「生きる喜びとは、日々健康でいるよう心がけ、人に対して思いやる心を持ち、常に感謝の気持ちで生活することである」ってね。この3つを大事にしていれば、自然に喜びは与えられるであろう…って、そういう感じがするんですよ。
 私は芸人であると同時に、一人の人間であり、社会人であるからですね。芸人というのは、ともすれば周りからチヤホヤされて、それに慣れてしまい、オレがオレがという気持ちにどうしてもなりやすいんです。

中川 芸人さんはファンの方たちから、そういう厚意を受けることが多いお仕事ですからね。

嶋田 オンブに抱っこ、っていうような扱いを受けていると、やってもらって当たり前、特別扱いされて当たり前…そんな気持ちに知らず知らずになってしまいます。そういう生活をしていると、いつかはダメになってしまう。そういう一見、居心地の良いところに居れば、居るほど、感謝の気持ちを忘れないようにしないといけないと思うんですよ。
 私は、友人や仲間の何か親睦会のような会に出席するときに、よく「ブラックさん、ひとつお願いするよ」と頼まれて、マジックをお見せします。皆が喜ぶのが嬉しくてね。十八番の「タバコの芸」を、何回でも見たがるので、ちゃんとやる。火の点いたタバコを飲んで、煙モクモク吐いて…ホント、命がけだよ(笑)。でも、ちゃんとその会の会費は払うんです。1万円の会費なら、1万円払って、芸を見せて。

中川 それは、素晴らしいことですね。ブラックさんのお人柄の良さが分かります。

嶋田 どんなに素晴らしい芸をしていても、人間的にダメなのはダメです。私はプロダクションに入ったことはありません。マンツーマンの仕事です。人とのコミュニケーションを大事にして、可愛がられなければ。舞台では、自分の全てが出てしまいます。
 傲慢な人の芸を見ても、人は楽しくないでしょう。ありのままの自分が表れてもいいように、普段から努力していないと、と思うのです。芸のときだけ、いい人でいよう、そんなわけにはいかないのです。だから、日々精進です。その上で、お客さんが喜んで楽しそうに笑ってくれる、それって最高じゃないですか。

中川 私はセミナーなどで、氣は心や意識であり、「洗心」が重要なのだということをお伝えしているのですが、ブラックさんがおっしゃることは、まさにそのことです。お話しできて良かったです。ありがとうございました。
(2005年12月15日東京・目白の「椿山荘」にて 構成◎須田玲子)



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