五十嵐 マザーは常に私たちボランティアに言っていました。「You did it to me(ユー ディド イット トゥー ミー).」と。直訳をすれば、「あなたが私に、それをしてくれた」となります。これは聖書の中の「あなたがもっとも小さい人に為したことは、すなわち私に為したことと同じである」というキリストの言葉です。聖書のマタイ伝25章に出てくる言葉です。 マザーは亡くなる前年のクリスマス・イブのミサでも、このことを私たちに話してくれました。その時マラリアで苦しんでいたにもかかわらず車椅子で病院を出てこられ、マザー・テレサは二階のテラスから現れて、一階で集まっていた私たちに向かって、叫ぶかのように太い大きな声で言いました。「あなた方はボランティアの体験を通し何を学びましたか。どうかこの言葉だけは絶対に忘れないでください。You Did It To Me. 忘れそうになったら自分の手を見なさい。この親指はYou、人差し指はDid、中指はIt、薬指はTo、小指はMeです。さあ、言いなさい」。私たちは「Youdid it to me.」と叫びました。すると「声が小さい、もっと大きな声で言いなさい」と、車椅子から立ち上がって何度も私たちに繰り返させました。私もマラリアは二度ほど体験しているのでわかりますが、高熱で体力を消耗して気力も衰えているはずです。それにもかかわらず、マザー・テレサは何度も何度も繰り返して、私たちに訴えるのです。「あなた達が貧しい人達を愛し、為したことは即ち神様に為したこと。You did it to me.」と。
五十嵐 おっしゃるとおりですが、それは観念ではありません。たとえば私たちが母さんの肩をもんでいるとき、ボランティアだと思いませんよね。母さんの喜びが私の喜びですよね。マザー・テレサは「私たちは貧しい人たちに奉仕をしているのではありません。もっとも大切な生命に直接触れる喜びを、私たちがいただいているのです」とおっしゃっていました。それが「Youdid it to me.」です。 私はインドのマザーのところに何度も訪れるようになって、自分の本当にやりたいことが見えてきました。それは、インドの路上を裸足で歩いているような孤児たちにお母さんを与えてあげたいという思いでした。自分は小さい頃、不眠症でマザコンでした(笑)。眠れない夜、母さんのふとんにもぐりこんで、胸に甘えてすっぽりと抱きしめられると、安心して眠ることができました。寂しいときも、ちょっと手を伸ばせば母さんに触れられる、それだけで安心できるのです。私は孤児たちにそういう存在を与えてあげたかったのです。 でも、本当にできるだろうかと心が揺れていました。やれなかったら人様の笑いものになるんじゃないか、できたら人からスゴイ! と褒(ほ)められるんじゃないか、劣等感や虚栄心などいろんな雑念が次から次におきてきて、考えがまとまりませんでした。それでマザーに相談しました。マザーは厳しい目でじっと見て、「あなたに私と同じことができますか。できないでしょう。私だってあなたと同じことはできません。人にはそれぞれ役目があり、使命があるのです。祈りなさい。祈ればあなたの答えが見つかるでしょう」と、おっしゃいました。 そして祈っているうちに、自分の内に確信を持った声が聞こえてきました。「お前は親のない子どものためにホームを作ろうと思っているが、そうではない。お前はピュア・ハート(純粋な心)を作りなさい。ホームは私が作る」と言う実在があの世にいる、と思いました。本当にその為に自分がこの世に生まれたとしたならば、この事をやらずに自分は大往生できないと思いました。とたんに憑き物が落ちたように楽になりました。 決心した途端に考えられないような出会いと援助が重なって、周りが動き始めました。でも、実際に実現するまでには様々な困難がありました。インドで社会的地位のある方に協力を仰いでもうまくいかなかったり、私が娘の教育資金にと貯めていたお金を全部だまされてとられてしまったり、一時はもうダメだと諦めました。
五十嵐 1997年9月5日、私たちはベナレスというところから夜行列車でコルカタに戻ってきたのですが、列車の遅れもあってミサに参加できず、マザー・テレサに会えないまま帰国の途につき、飛行機に乗りました。そうしたら、夜7時出発のはずのインド航空が10時になっても11時になっても飛び立たないのです。結局、計器の故障で乗客は降ろされ、空港ホテルに向かいました。私たちは、それなら明日の早朝ミサに出てマザーに会ってから、インドを後にしたいという思いで、カルカッタ市内のホテルに泊まりました。 ホテルに着いてテレビをつけると、どこのチャンネルでもマザー・テレサの訃報をやっていました。 次々にチャンネルを回してもマザー・テレサの報道ばかり、驚愕しました。このまま朝まで眠れないならマザー・ハウスに行こうと思って、私は2人の男性だけ誘ってマザー・ハウスに行きました。報道関係者も引き上げてひっそりしていました。顔見知りのシスターに手招きをされて、氷のベッドに横たわるマザーと対面したのです。マザーが亡くなったなんて信じられませんでした。私は泣きながら頬を寄せました。ひやっとした感覚が自分を現実に戻してくれたような気がします。そして、マザーの写真を3枚だけ撮らせていただきました。本来はマザー・ハウスでの撮影は禁止なのですが、シスターたちは黙って許してくれました。その一枚が今、マザー・テレサの記念館に飾られています。 あとから側にいたシスターから聞いた話では、マザーの耳元で、シスター・ゲットルードが「JESUS, I LOVE YOU(ジーザス アイ ラブ ユー).(イエスよ、あなたを愛しています)」と言うと、マザーが、「JESUS, I LOVE YOU.」と答え、「JESUS, I BELIEVE YOU(ジーザス アイ ビリーブ ユー).(イエスよ、私はあなたを信じています)」と言うと、「JESUS, I BELIEVE YOU.」とマザーが言う、それを何度か繰り返していくうちに、声がだんだんと小さくなって、最期にマザー・テレサは上半身を起こし、ベッドの右側にある「いばらの王冠」に触れて「イエス様」と言って息をひきとったことを知りました。 マザー・テレサは貧しい人の中の最も貧しい人に、イエス・キリスト、即ち最も大切な人を見ていた方でした。かつてマザー・ハウスのゲート(門)には、マザーが在か不在かを示す、「IN」、「OUT」の札がありました。しかし現在、その表札は常に「IN」になっています。マザー・ハウスに行けば、いつでもマザー・テレサに会うことができます。いつまでも私たちの心の中で生きております。
(2006年4月12日府中市NPOボランティア活動センターにて構成◎須田玲子)