SAS
TOP会社案内発行物についてサイトマップEnglish
株式会社エス・エー・エス
「氣」とはユーザー体験談センター/研修所案内氣の伝承者よくあるご質問掲示板グッズの販売

氣の伝承者
中川雅仁紹介
日記
対談内容
スケジュール
感じる「氣」

  仮会員登録
  いろいろな資料をご用意しております。  
相談窓口
  各センターについて、ご不明な点等ありましたらこちらでお伺いします。  
  お問い合わせ
  株式会社エス・エー・エスについてのお問い合わせは、こちらでお伺いします。  

対談内容



中川雅仁の巻頭対談いい人いい話いい氣づき
2007年3月の対談

対談・奥田和子さん・タイトル
中川 雅仁 奥田 和子さん
(なかがわ まさと)
1961年北海道生まれ。北海道大学工学部卒。(株)エス・エー・エス会長。全国各地で真氣光しんきこうと呼ばれる氣を通して意識改革に精力的に取り組んでいるほか、奈良県生駒市にて意識改革を目的にした合宿『真氣光研修講座』を開催し、好評を博している。著書に『こんな癒しがあった!』(文芸社)、新刊『氣で生きる力が湧いてくる』(ごま書房)などがある。
(おくだ かずこ)
1937年福岡県生まれ。広島大学教育学部卒。大阪大学発酵工学科研究員、イギリス・ジョーンモアーズ大学食物・栄養学科客員研究員などを経て、現在甲南女子大学人間科学部人間環境学科教授。学術博士。専門は現代食文化論、食生活デザイン論、調理科学。著書に『現代食生活論―21世紀へ向けての食生活づくり』『震災下の食―神戸からの提言』『なぜ食べるのか聖書と食』『食べること生きること』など。


■命に、食事に携わってくれた人に感謝して戴く

中川 初めまして。『栄養と料理』という雑誌に、先生の「食べる意味を問い直す」というお話が掲載されているのを目にして、素晴らしいことをおっしゃっている、これは是非お目にかかって、もっとお話をうかがいたいと思いました。
本・食べること生きること
奥田 あぁ、「宗教に学ぶ『食べ方の英知』」と題した記事ですね。インタビューに来られた方が、私の言いたいことを過不足無く、内容を良くまとめて書いてくださいました。
 ところで、おたくの雑誌を読んだだけでは、まだよく分からなくて、氣の株式会社?ちょっと大丈夫かな、と思ったんですよ(笑)。

中川 まあ特殊といえば特殊で、他には無いような会社ですから、皆さんに、すぐには分かっていただけないことも多くて(笑)。ちょうど昨日まで合宿制の研修講座をしていたんですよ。

奥田 研修講座?氣の出し方などを教えるのですか。

中川 ハウツー的なことではなく、心の持ち方の勉強ですね。

奥田 心、ですか。

中川 そうです。例えば講座では、食事も栄養摂取の「行法」なんです。食べ物は、命を持った生き物で、その命を戴く。私たちは、見えないものを“氣”と言っていて、命も氣なんですね。そして更に、その命が私たちの食事となるには、いろいろな方たちの手を経て届けられます。魚を捕る人、卵を得るために鶏を育てる人、野菜を育てる人、運ぶ人、売買する人、調理する人、盛りつけや配膳をする人…そういう方々の氣もプラスされて、私たちはそれを戴くのですね。

奥田 分かりやすいですね。私も「食事は命を戴いていることだ」と言っているの奥田さん1ですが、その命は氣であって、さらに作ってくださる人たちの氣も加わって価値の高い食物に仕上がっていく、というわけですね。なるほど、それはスゴイじゃないか、と思います。

中川 一口ご飯やおかずを口に入れたら、お箸を置いて目を瞑って、良く噛んで食事となった食材の命に、そして携わってくれた人たちにも感謝をしながら戴く…ということもしています。厳格な玄米菜食ではないのですが、なるべく野菜中心のものを、食べ過ぎないように適量を戴くということ。そして、大切なのはどんなものでも“感謝”の気持ちで戴くことだと思うのです。

奥田 今は「金がどれだけかかったか」を、行動するときの心の拠り所にしています。これはコンビニの100 円のおにぎりだから食べ残して捨てても別にかまわない、などとね。“氣”の考え方を導入して、行動指針を決めていく、それは良いことですねえ。

■女性は子供を育てることに本気になって欲しい


中川 先生は『なぜ食べるのか聖書と食』などのご本も書かれていますが、大学でのご講義ではこういうことを教えておられるのですか。

奥田 そうです。この本やもう一冊の『食べること生きること世界の宗教が語る食のはなし』を教科書にしています。私は、食物を一つの材料にして、生きることをテーマにしているのです。戦後は、生きる上での指針が曖昧になって、まるで“金(かね)ゴン”みたいに「損か得か」で物事を判断しています。学生は850円の頭になってしまっている。

中川 850円の頭?

奥田 時給です。まぁ、その位のアルバイトが多いですから(笑)。「ちょっと手伝って」などと言うと、850円掛ける2時間は?などと考える。それは一面いいけれど、それだけでは違いますよ、生きることはそんなモンじゃないんですよ、ということを教えたい。
 二つのタイプが居ますね。一つは「何を言うとるんよ。勝手に言っててちょうだい」と、全く通じない人です。このタイプは、教室で何かやろうとすると、「そんなコトしてどないするの。メンドーだし、やめておこ」と皆の気持ちを引きずって下げてしまう“下げマン”、自分さえ良ければいい、という考えです。

中川 しらけているわけですね。皆の気持ちを一つにすると盛り上がって、良いものを生み出したり、創り上げたりすることも出来るのに。

奥田 そうです、そっちのタイプは“上げマン”と言うてます(笑)。テレビの情報も、まれには素晴らしいものもありますが、大概は程度が低くて見ていられないものが多いです。例えば、釣り番組で大きな魚が釣れたら、タレントがいきなり「おぉ〜!うっまそぉ〜!」ですからね。
 親からも、長年培われてきた価値観が伝えられていません。精神文化が語られていません。物質的に豊かになるにつれて、心が貧しくなっている。ここで、大人たちがちゃんと、「それは違うでしょ」と言っていくことが大事です。私はかなり危機感を持っていて、「だんだん人間の質が悪くなっている。こんなコトでは民族は滅びる」と、言っています。
 でも、一方で素晴らしい学生も居るんです。気働きも出来て、相手の気持ちを思いやれる。そういう人はですね、大抵、お祖母ちゃんが居る。小さい頃に、お祖母ちゃんと一緒に住んでいた人です。

中川 お米を作ってくれた人にありがとう、と食事の前に手を合わせる、というようなことをお年寄りから教えられているのですね。

奥田 そうそう。でも今は、テレビ番組の食事場面では「いっただきまぁ〜す!」なんて言ってますが、心がない。「いただきます」の意味も分からずに、ただ言っているだけ。そのテレビを見ながら食事をしている子供たちは、個食、孤食で、「いただきます」を言いもしません。私は、幼児教育に携わった方がむしろ良かったかもしれないと後悔しているんですよ。大学生にもなってからでは、ちょっと遅いかもしれません。それでも、百人のうち10人でも20人でも分かってくれれば、その人たちがまた次に伝えていってくれるでしょう…と。

中川会長中川 先生が教えておられる学生は女子大生ですから、将来、子供を産んでお母さんに成る人たちです。子供を育てるお母さんの影響はすごく大きいですから、先生のような方が女子大生の教育に携わっておられることは、素晴らしいことと思います。

奥田 子育ては、本当に何にも益して大事な仕事です。片手間では出来ません。お母さんは、次世代を生きていく子供を産んで、全力で育ててほしい。千人の中に何人かは、社会的にも活かさなくては勿体ない才能を授かった秀才が居ます。そうじゃない大多数の女性は、仕事なぞせんでいい。早く結婚して子供を産め。それも、若いうちに。そうでないと、首や肩、胸元が大きく開いているウエディングドレスが似合わなくなる。いくらでも代わりが居るような、そんな仕事に就かんでもよろしい。男女平等なんてやめて欲しい。女は子供を育てることに、本気になって欲しい。そうすれば日本の国は滅びない、そう言っているんです。

中川 今どきの女子大生に、就職なんかしないで嫁に行け、などと言っては、反発されませんか(笑)。

奥田 今は、こういうことをハッキリ言えない雰囲気があります。世間が白い目で見て非難する。でも、あんがい学生からの反発はないですね。大したこと無いのに目くじらを立てて男と張り合っていても、しょうがないでしょう。
 学位を取り、仕事をし、子供を二人育ててきた私が、自分のことを振り返って、そう言っているんです。誰も、生理的に衰えていきますから、だんだんと出来ないことが増えてきます。若いとき、そのときにしか出来ないことがあるんです。それを大事にして欲しい。今の親も娘に就職を勧めるのは、働いて結婚資金を稼いでこい、という気持ちがあるんじゃないですか。金も大事ですけれど、それ以上に子供が大事です。

■宗教書に食に関する記述が非常に多いわけは…

中川 「宗教」からみた、「食べること」とは、どういうことでしょうか。

奥田 私は以前、カリフォルニアに1年、イギリスに半年、居ましたが、インターナショナルハウスで食事をすると、どの国の人も食べる前に静かに感謝の祈りを捧げていました。日本人だけですよ、食卓につくなり食べ始めるのは。文化を根こそぎに失っている、という感じを受けて恥ずかしかったですよ。
 聖書やコーラン、仏典など数多くの宗教書を読んでみると、「食」に関しての記述が非常に多いのです。「衣」や「住」についてはほんのわずかしか書かれていないのに。これは何故だろうと考えていたのですが、宗教では「食」を律することができれば、「生きること」を律せられる、と教えているのじゃないか、そう気づいたのです。

中川 聖書などに食べることがたくさん書かれているのですか。それは、ちょっと意外な感じがします。

奥田 宗教は、その長い歴史の中で、欲望を制御するにはどうしたらいいのかを考えてきました。食欲は他のことよりも制御するのがとても難しい欲なのでしょうね。でも、ここをクリアできなければ、欲張りの生き方になってしまいます。「一つお取り下さい」と言われて、三つもお菓子を取ってしまうような人は、生き方も欲多い(笑)。
 どの宗教でも、一部の食物を避けよという教えはあるものの、すべての食べ物は良いもの、尊いものとして評価され、感謝して大切に扱うように教えています。それは、食べ物が生き物の命に他ならないからです。そこには優劣の序列がなく、同じ価値であると位置づけています。
 食べ方にもいろいろ言及していますが、仏教の「作字山禅師集」では、「一切の美食に耽るな。ただ身心に煩いがあるだけでなく、貪る気持ちからいつまでも免れることができない。食事をするのは『気』を支えるため、つまり元気を保つためにするのであって、味わいを嗜んではいけない」と、美食をたしなめ、節量食をすすめています。
 中でもショックだったのは、アッシジの聖フランチェスコが「食べ物に灰を混ぜて食べた」という記述です。「そんなんは、バカ。アッチ行って」、なんていう態度の学生も居ます(笑)。でも、待てヨ…と考えてほしい。わざとまずくして食べたのは、限りない食欲に規制をかけたのですね。おいしさを求めていったら、どん奥田さん2どんとエスカレートしてしまいます。人間の関心が「おいしいもの」に向かうと、世界中からおいしいものを輸入して食べようとしますし、歯止めがきかず、生き物を平等に評価するという宗教思想にも反していると思うのです。
 食べるということは重要な課題で、いろいろな欲がありますが、睡眠、酒、性、食は、ツボどころなんですねぇ。絶ちにくい。仏教にはその他にも「喋(しゃべ)りたい欲」なんていうのもありますが。自己顕示欲ですね。おっ、対談だというのに、私ばかりが喋っていて…これも欲でしょう(笑)。

中川 いえいえ(笑)、どうぞ続けて下さい。とても興味深いお話です。先生のご講義はユーモアがあって、きっと学生さんの人気が高いのでしょうね。ところで、先生はどのくらい教壇に立たれていらっしゃるのですか。

奥田 大学出てからすぐですから、もう随分長いですよ。70歳になるので、今春、退官するのです。

中川 えっ、とても古稀を迎えられるようには見えません。退官ですか、まだまだ先生のご講義を受けたい人はたくさんいるでしょうに、もったいないですね。大勢の若い学生さんの中にいて、若く元気な氣をもらっておられることもあるかもしれませんが、本当にお若い。奥田私も、学生からパワーをもらっているということは、感じています。それが氣ということなんでしょうか。

■震災下の食の実態調査。辛い体験を貴重な体験に


中川 ところで、今日1月17日は阪神淡路大震災が起きた日ですね。なぜ、ちょうどその日に神戸の先生を訪ねることになったのかと、そのタイミングに驚いています。道中、亡くなられた多くの方々、被災された方々のことを思いながら、うかがいました。

奥田 1995年ですから、12 年が経ちました。私も芦屋の海側に住んでいますが、我が家を含めて近所の家はみんな、地盤沈下のために斜めに傾きました。家の中で斜めになった床を歩き、いびつな階段を上る。頭がクラクラして気分が悪く、体が宙に浮いているようで辛かったですよ。かろうじて電気は使えましたが、水道、ガスは長い間使えませんでした。燃料も水も食料もない。
 その中で、各避難所を巡って被災された方に直接アンケートを書いていただいて、「食」の実態調査をしました。こんな情況下にある方々に失礼じゃないか、不謹慎じゃないか、とも思いました。でも、「食」の研究に長年携わっている者として、これはどうしてもしておかないと、と考えました。

中川 先生ご自身が被災なさった中で、大変なお仕事をよくなさいましたね。

奥田 新聞記者と間違えられたりもしながら、チームを作って訪ね回りました。そして、多くの方々が答えて下さったものをまとめて、『震災下の「食」神戸からの提言』としてNHK出版から出しました。今後、危機管理の主役となる行政の方々、食の担当者として活躍する栄養士、ボランティアの方々、企業人、家庭にあって危機管理を真剣に考えておられる方々のために、少しでもお役に立てばと願ってのことでした。被災者の方々の辛い体験を、貴重な体験として生かさないでなるものか、と思いましてね。でも、この本は今は絶版だそうで、インターネットで何と1万円の値が付いてオークションに出ていましたよ。
奥田さんと中川会長
中川 それは貴重なご本ですね。是非、再版してほしいですね。

奥田 戦時中、私は小学生でした。生まれ育った福岡には軍事工場などがありましたから、広島の田舎に疎開しました。そこは広い土地があって、人手が欲しかったのですね。着いた翌日から、大きな籠を背負わされて、それがいっぱいになるまで草刈りをさせられました。他の農作業も大人並みに手伝いましたから、うまいものですよ。
 そして、いろいろな経験をしたことが全て役に立っています。物に対する執着心は薄いですね。着る物も一張羅なんかありませんし、住む家も質素で良いのです。人間は苦労しないといけない。ストイック、これが私の哲学です。
  戦時中もこの度の震災の時も、人々は辛く筆舌に尽くしがたい大変な状況の中で、助け合い、乏しい物を分け合いました。仏教は、あらゆる執着を離れて煩悩を取り除くことが悟りの境地である、としています。キリスト教は、「ルカによる福音書」の中で、「下着を2枚持っている者は、1枚も持っていない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」と教えています。
 それにしても、中川さんにお会いするのがもう1ヶ月早かったら、学生たちに話をしていただきたかったのに、残念です。人が失っているものを取り戻す契機になるように思ったものですから。

中川 それは有り難うございます。でも、1ヶ月遅くて良かったです。たくさんの女子大生を前にお話をするなど、とてもとても私には無理です。以前は女性の前に立つとアガッてしまって、ろくに話も出来なかったのですから(笑)。今日は、貴重なお話を有り難うございました。

(2007年1月17日 甲南女子大学にて 構成◎須田玲子)



氣
Copyright(C) 2000-2004 SAS,Inc. All Rights Reserved. 株式会社 エス・エー・エス