■プレアデスからのメッセージを伝えた本を翻訳 中川 はじめまして。私どもは、氣という、いわゆる癒しのエネルギーをテーマに活動をしています。 氣は心とよく言いますが、心の持ち方を変えると氣も変わっていきます。自分を高めていくと、氣も高まってくるんですね。 そんなことを学び、体感するという合宿を、つくばみらい市で行っています。 先生は、英語の先生でいらっしゃいますが、精神世界の分野の本をたくさん翻訳されていて、同じような領域での活動かなと思い、いろいろとお話をお聞かせ願いたくておうかがいしました。 今日は、よろしくお願いします。 大内 こちらこそ、わざわざお越しいただいてありがとうございます。 私の専門は社会言語学と英語教育です。大学で英語を教えるほか、翻訳の仕事などをやっているわけですが、1994年に『プレアデス+かく語りき』という本を翻訳してから精神世界関係の本の仕事が多くなりました。プレアデスは、私の原点とも言える本です。 プレアデスというのはおうし座の一角にある星団で、日本語ではすばると言っています。ここからは高次元のメッセージが地球に届けられていて、それをキャッチできる方が本にして発表してくれたのです。 この本には、高次元の存在とともに仕事をしないと、人間の次元が上がっていかないというようなことが書かれています。環境破壊にしても、科学が地球の自浄できる限界を超えて発展してしまったために起こったことです。温暖化がその最たる問題ですが、そこから立ち上がるためには、人間の力だけではなくて、プレアデスのような高次元の存在と、共同創造主という立場でやっていかなければならないという内容なんです。 こうした話は、なかなか大学ではできないし、一般的な場で語るというのも難しいんですけど、中川会長は氣をやっておられるわけですから、ご理解いただけると思うんですが。 中川 ええ、よくわかります。真氣光というのは、父親が創設したのですが、父は夢に出てくる白ひげの老人にいろいろなことを教えられていました。それが、神様なのか先祖様なのか、わかりませんが、何か高次元の意識によって教えられたものだと思います。 たぶん、人間は自分の脳の中だけで物事を考えたり発想したりするばかりではなく、高次元からのメッセージを受けて、行動しているんじゃないでしょうか。 真氣光というのも、宇宙に充満する癒しのエネルギーを中継するという考え方です。決して、自分が努力して出すわけではありません。これも、プレアデスからのメッセージと同じような考え方だと思います。 人類も、そういう高次元のメッセージに耳を傾ける必要があると思います。 大内 うれしいですね。こういうお話ができる方が増えてくると、世の中も変化していくと思いますね。 ■本当の使命に目覚めるのを手助けする目覚まし時計 中川 ところで、先生がこうした宇宙とか精神世界というのに興味をもったのはどういったことがきっかけだったのですか。 大内 そうですね。そもそものきっかけは、今から40年も前のことになります。当時のアメリカ大統領、ジョン・F・ケネディさんが、東西文化交流センターをハワイに作ってくれて、アジア、アメリカ、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドの大学院生が一緒に学び、研究する場ができたのです。 私もさいわいなことに東西文化交流センターの奨学生として2年間留学することになったんです。その留学中に、大変な本に出合いまして。それが、私の人生の方向性を決めてくれたのかな。 中川 それはどういう本だったのですか。 大内 コナン・ドイルという作家はご存知ですよね。シャーロック・ホームズを書いた人です。彼は、有名な推理小説家でありましたが、心霊学にとても傾倒していて、スピリチュアリズムの方にエネルギーを注ぎたいと思っていた人です。 彼は、ガイドさんというか指導霊というか、そういう存在から、これから大きな戦争が起こって、たくさんの若者が亡くなるから、その家族のためにも、あの世とこの世の仕組みを伝えるように言われていました。 ドイルは、奥さんと、どちらか先にあの世へ行った方が、あの世のことを伝えようと約束しました。そして、1930年、彼が先にあの世へ旅立っていったんです。 中川 それはすごい話ですね。それで、ドイルはあの世のことを伝えてきたんでしょうか。 大内 そうなんですね。降霊会という、霊を降ろす儀式があるんですが、そこにドイルが現れて、いろいろなことを語ったわけです。 それが一冊の本になっていまして、私はそれを読んで愕然としたわけです。 この世の中というのは目に見えるものだけではないんだと、はっと目が覚める思いがしました。 アメリカへ言語学を習いに行ったのだけれども、こっちの方が重要でしたね(笑)。 その後、2人の子どもを亡くすという体験をしたりして、この本の内容が、心にどんどんと染みていったわけです。 中川 そうだったんですか。すべての出来事が、先生を今の方向へ導くように働いているでしょうね。 プレアデスの本を翻訳されたのが94年ですね。これは頼まれて翻訳されたものなんですか。 大内 日本に戻ってからこの本に出合ったのですが、これは自分が翻訳するものだとすぐに決めました。ハートですよ。聖なる心の中に創造主の聖なるものがすべてあるのだけれども、それが眠っている。それを目覚めさせることができる本だと感じました。冗談でよく言うんですが、私は目覚まし時計なんだって(笑)。みなさんが、本当の使命に目覚めるのをお手伝いするのが、私の今生の役割だと思っています。 この本を読むと、ほとんどの人が眠くなるって言うんですね。私も翻訳しながら眠くなってきて、少し眠っては書くということを繰り返していました。 どうも、この本の中には仕掛けがあって、眠りながら深いメッセージを受け取るみたいなんですね。 だから、車を運転するときには読まない方がいい(笑)。 ■本来、人間がもっている美徳を呼び戻す 中川 なるほど。それは注意しないと。 それから、『ゆるすということ』という本が、ずいぶんと出ましたね。 大内 15万冊くらいかな。おかげさまで、文庫本も出て、今でも売れています。 今は、ゆるしが非常に大切で、いかに日本の人たちが自分をゆるせなくて、人をゆるせなくて、つらい思いをしているか。そのつらさが表情に表れていますよね。ぜんぜん生き生きとしていない。 生きるのがせいいっぱいで、自殺が多い、引きこもりが何十万というのは異常ですよ。みんながゆるせなくて裁きあっている結果です。 中川 その通りだと思います。私どもの講座でも、親子関係、夫婦関係などで、ゆるせなかったり、裁き合ったりして苦しんでいる方は多いですね。 ここが解決すると、本当に楽になります。 大内 私が今、一番エネルギーを注いでいるのがヴァーチューズ・プロジェクトです。これをやると、人それぞれにさまざまな変化が起こってきて、楽に生きられるようになります。 ヴァーチューズというのは美徳という意味です。文化や民族、宗教、人種を超えた人類共通の美徳というのがあるんですね。美徳というのは、人間が生まれながらにもっているダイヤモンドの原石です。でも、原石だから磨かなければならない。 しかし、いつのころからか、美徳を磨く社会的なプログラムがなくなってしまいました。 たとえば、昔は、武士道というのがありました。侍は殿様のために死をもってでも忠節を尽くす。技を磨き、肉体を磨き、精神を磨き、24時間、節制をして学び、心を鍛える。 それを親は子どもにも伝えた。母親が子どもに言うわけです。一歩家を出たからには死を覚悟して、武士としてしっかりと死ねるようにと。 そんな武士道も今はありません。明治、大正あたりの日本人の心のありようの中には、武士道のおきみやげがまだ残っていた。それが、今は崩れてきて、それに代わる社会的プログラムがなくなってしまったんですね。 戦争に負けて、これまでの価値は否定されたような錯覚に陥って、民主主義を取り違えて、民主主義というのはだれでも自由にすればいいんだというようなね。変な勘違いが横行してしまっている。 それは日本だけでなくて、世界中がそうなってしまっています。 ヴァーチューズ・プロジェクトというのは、本来の人間がもっているあり方を呼び戻そうという方法なんです。親切だとか勇気とか思いやり、そういうものはどの文化にもあったし、あるわけです。 それを忘れてしまった。だから、呼び戻そうというわけです。 中川 そういったことは、学校でも家庭でも習わなくなってしまいましたからね。 それで、そのヴァーチューズ・プロジェクトというのは、どういう方法なんですか。 大内 一種の教育プログラムです。宇宙とか死後の話と違って、大学でもできますし、一般の方にもすんなりと受け入れていただけます。 5つの戦略がありますが、その第一の戦略である美徳の言葉を使いましょうというのを説明しますね。これだけでも、とても興味深い現象がたくさん出てきています。 ヴァーチューズ・カードというのを使います。カードは52枚あって、それぞれに美徳の言葉が書かれています。その言葉についての詳しい説明もあります。 私が授業でやっているのは、2人一組になって、お互いがカードを引き、感想をシェアするという方法です。まずはAさんが、今、悩んでいることを考えながらカードを引きます。AさんはBさんに向かって、そのカードに書いてあることを読み、自分が頭に浮かべた悩みと共通することを話します。その話を聞いて、Bさんは『とても勇気を感じました』とか『誠実な感じを受けました』といった具合に、美徳の言葉を使って承認します。 この承認が大切で、人は承認されることで、どんどんと癒されていくんですね。 ■『ゆるし』という言葉に出合って、人生が変わった学生 中川 言葉にはエネルギーがありますからね。何かしてもらったときに、『すみません』と言うのではなく、『ありがとう』と言った方がいい氣を届けられると、父もよく言っていました。さきほどの『ゆるし』というのも美徳の言葉のひとつになるわけですね。 大内 学生たちには授業が終わったらレポートを書いてもらうんですが、印象的だったのをご紹介します。 今、大学4年の男子学生ですが、彼が2年のときの体験です。 彼は、中学3年のとき1年間、同級生グループにいじめられ続けました。放課後になると毎日、校舎の裏へ連れて行かれて、サンドバッグ代わりに殴られました。それを、先生にも気づかれないようにし、親にも隠し通しました。何度も死のうと思ったそうです。 この連中を見返してやりたい。それが彼の生きがいでした。中学校を卒業して、高校が別々になっていじめは終わった。しかし、すごいダメージを受けました。私がその立場だったら、生き残れるか自信がありません。 高校に行っても、彼らより立派な人間になって見返したいという思いは募りました。あらゆる面で能力的にすぐれた人間になりたい。それが見返すことだ。勉強もクラブも一生懸命にやりました。 ところが、連中を見返してやりたいと思って、ここまで勉強したりしてきたけど喜びがないことに気づいたんですね。 そんなときに、彼は、ヴァーチューズの中で、『ゆるし』という概念と出合いました。 中川 お聞きしているだけでも切ない気持ちになってきますね。つらかったでしょうね。見返そうという気持ちで一生懸命にやってきたことに喜びがないというのもわかる気がします。 また、そんな中で『ゆるし』という言葉に出合うというのは、何ともドラマチックですね。 大内 そうなんですね。これから感動のドラマが起こるんです。 ヴァーチューズを始めたころは、自分のことを知らない人に、自分がいじめられたみじめな話ができるか。承認されても、どういう気持ちになるのだろう。疑問だ。そう感じたそうです。 でも、承認というのはすごいエネルギーをもっています。彼は、承認される中で、自分がどんどんと癒されていくのを感じました。 今まで、自分はダメな男だと思っていた。しかし、これをやっているうち、癒されて、あの自分をいじめた連中をゆるそうと心に決めました。これだけでもすごいことだけど、さらにここから、感動的な結末へと向かうのです。 ちょうどそのころ、成人式の案内が届きました。 彼は、行きたいと思いました。でも、行けば、同級生と会う。それが怖かった。連中に会うことも怖かったし、連中にあったら、あの憎しみが戻ってきてしまうのではないかという怖さもあった。 しかし、彼は、勇気をもって帰りました。そして、いじめた連中に会いました。 そのときどんなことが起こったと思いますか。何と、彼をいじめたグループの首謀者が自分の方から近づいてきて、あのときの自分をゆるしてほしいと言ってきたんです。 彼はレポートの最後に書いていました。 『私は変わりました。先生は、“ゆるし”は数ある美徳の中でも難しいとおっしゃっていました。これで、私の5年間の憎しみの旅が終わり、新しい旅が始まります』 すごいでしょ。このレベルのレポートが、10人くらいいたんです。 ■人は、必要なものはすべてもって生まれてきた 中川 すばらしいお話です。自分がゆるすという気持ちになった。そしたら、相手から頭を下げてきたわけですね。相手を変えようとするのではなくて、まずは自分が変わることが大切だと、いつもお話しています。でも、自分が変わると言っても、そう簡単なものではない。そこに、気づきがないと人は変われません。 この学生さんは、すばらしい体験をされましたね。 承認する、認めるということが、彼を癒し、彼に得がたい気づきをもたらしたんでしょうね。 大内 今の社会のコミュニケーションは、まず相手の欠点を見ることから始まっています。建設的な批判という名のもとに欠点を見る。 人間の心は、機械と同じではありません。どれが正しいかわかるものではありません。にもかかわらず、社会的立場とか権威とか、力のあるものが、さまざまなことを押し付けてきます。親が子に対して、上司が部下に対してですね。 でも、本当はみんな同じ人間で、同じ魂と肉体をもっている。それぞれ、別々のステーションで生きているという違いだけなんですね。富士山で言えば、5合目に生まれる人もいれば、8合目に生まれる人もいるということです。上下の関係は本来はないはずです。 人間というのは、この人生で何かを達成するため、必要なものはすべてもってきているんですね。そういう意味で、人間は平等です。 能力も違うし、財力も家も、身体能力も違うじゃないかと言うかもしれないけど、たとえば、乙武洋匡さんは五体不満足で生まれてきているけど、彼の使命の中で必要なものは全部もってきた。だから、あんなにもたくさんの人を感動させることができるんですね。 中川 私どもの講座でも、『いいとこ探し』というのをやっていまして。自分のいいところ、人のいいところに目を向けようというものです。 毎日 、それをやっていると、みなさんの表情がどんどんと変わっていくんですね。 先生のお話をうかがっていて、美徳に触れているからなんだなと思いました。だから、あんなに生き生きとした顔になるんだと思います。 みんな光の部分があるということなんでしょうね。それを影が見えなくさせてしまっている。いつも批判されたり、批難されていると、がーっと影が押し寄せてきて、美徳が見えなくなってしまう。そんな中で、悩んだり、苦しんだり、それが高じて病気になったりするのだろうと思います。 承認することの大切さも、先生のお話から痛感させられました。 今日は、本当にありがとうございました。 (2007年10月12日 玉川大学にて 構成◎小原田泰久)