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対談内容



中川雅仁の巻頭対談いい人いい話いい氣づき
2008年4月の対談

元気があれば国が栄える。今の日本に一番必要なもの。
中川 雅仁 堀添 勝身さん
(なかがわ・まさと)
1961年北海道生まれ。北海道大学工学部卒。(株)エス・エー・エス会長。全国各地で真氣光(しんきこう)と呼ばれる氣を通して意識改革に精力的に取り組んでいるほか、意識改革を目的にした合宿『真氣光研修講座』を開催し、好評を博している。著書に『こんな癒しがあった!』(文芸社)、新刊『氣で生きる力が湧いてくる』(ごま書房)などがある。
(ほりぞえ・かつみ)
1939年宮崎県生まれ。鹿児島ラサール高校をへて慶応大学経済学部卒。1963年「伸び行く青年の会セイユース」創設。朝飯会もスタートさせる。1980年、NGO活動としてモルジブに救援米800俵を送る。2000年JICAよりベトナムに派遣され、日本センターの初代所長を務める。同国政府より教育功労賞を授賞。現在、財団法人ユースワーカー能力開発協会理事長。著書に『ベトナムで生きてみた』(万葉舎)『天風先生の「心の学校」』(中経出版)がある。


■元気があれば国が栄える。日本にも元気が必要

中川 はじめまして。実は、2007年12月号の対談に登場いただいた鶴亀彰さんから、すばらしい活動をしておられる方がいるのでぜひ会ってくださいとご紹介いただきまして。お会いできるのを楽しみにしていました。

堀添 鶴亀さんは、高校の一年後輩かな。とてもいい本を書かれましたね。中川会長の出されているハイゲンキも読ませていただきました。私は、今、一番必要とされているのは元気だと思っています。それに、会長は元気のというのは元の氣でとても大切なんだと言われていますが、私も合気道をやっていますからまったく同じ考えです。私の方こそ、今日は氣と元気のお話が聞ければと楽しみにしてきました。

中川 私どものやっている真氣光というのは父が始めました。氣は心なんだ、見えないものを大切にしようよと、そんなことをずっと言っていました。私も、それを引き継いで、もう13年になりますが、氣や心のことを勉強する4日間の講座など見えない世界のことを少しでも知っていただければと、いろんなことをやっているわけです。

堀添 氣とか元気は、今、とても大切にしなければならないものだと思いますよ。私はベトナムへ43度も行っていますが、あるとき『元気の詩』というのを見つけたんです。これはすばらしいメッセージだと思います。ちょっと紹介しますね。
ベトナムで生きてみた
 賢材は国家の元気なり
 元気盛んなれば則ち国勢
 強を以って隆く、
 元気飢えれば則ち国勢弱
 をもって汚る
 是を以って聖帝明王、
 材を育て土を取り
 元気を培植するを以って
 先の務めと為さざる者なし

と言います。
 元気があれば国は栄えるんだと、改めて元気の大切さを教えられました。今の日本に一番、必要なことなんじゃないかと思いました。
 ベトナムで合気道を教えていますが、その合言葉が『元気・勇気・合気』で、道場にも書いて張ってあります。

中川 元気・勇気・合気ですか。とてもリズムも良くて、唱えるだけで元気が出ますね。
 でも、どういうことでベトナムへ、そんなに何度も行かれることになったのですか?

堀添 初めてベトナムへ行ったのが1991年ですが、そのころから毎年、インドネシア、シンガポールなどASEAN5カ国と中国、ネパールといったアジア諸国の青年たちを日本に招待していました。日本をもっと理解してもらいたいというのが目的です。日本の青年たちと合宿をしたり、ホームステイしてもらったりといったことで、交流を図っていたんです。でも、ベトナムの青年だけは招待してなかった。当時のベトナムは、アメリカから経済制裁を受けていたこともあって、このままアジアで孤立させていいのか、同じアジアの人間じゃないかと思ってベトナムを訪問しました。それがきっかけでベトナムと縁ができて、交流が深まるにつれて、彼らがとても家族的で、それこそ元気がいっぱいだとわかったんですね。それですっかり気に入って、何度も足を運ぶことになったわけです。

■大きなガラスが崩れ落ちてきて4本の指を切断

中川 確か、ベトナムに行っておられたときに、手に大怪我をされたとお聞きしましたが。

堀添 そうなんですよ。これですね(右手を見せる)。今はこうやってくっついて動いていますが、親指をのぞく4本が切れて落ちてしまいました。

中川 4本を一度にですか。いったい、何があったんですか?

堀添 事務所の入り口が総窓ガラスのドアになっていました。
 事務所へ入ろうとしたとき、突然、ガラスのドアが崩れ落ちてきて、落下したガラスが私の右手を襲い、指が4本、すぱっと切れて落ちてしまったんです。そばにいた妻や現地のスタッフの方が、指を拾ってハンカチに包み、すぐに病院へ運んでくれました。
『堀添さんは私たちの国のために来てくれている大事な人です。そんな人が大変なときに協力できなかったら私たちの恥です』と、現地の人が必死になって動いてくれたのは、一生忘れられません。そのおかげで指が元に戻ったわけです。
 手術の後も、100人くらいの青年が、交代して看病をしてくれました。ベトナム人の温かさに感激しましたね。日本で、もし外国人が私のようなことになった場合、ここまで面倒を見てくれるかというと、ちょっとありえないことだと思います。   
 援助の仕事に行っていた私が反対に援助されてしまいました(笑)。

中川 大きなガラスが割れて落ちてきて、逆に言えば、手だけですんだというのは奇跡かもしれませんね。それに、そばにいた人たちは大丈夫だったんですか。

堀添 その通りですね。そばには家内も現地のスタッフもいましたから。私にとってはかけがえのない大切な人たちですよ。私の指で良かったと、心底思いますね。私も指だけですんだのは奇跡です。ちょっとずれていたら首を直撃していましたから。

中川 すべてのことには意味があると言います。想像するだけでも怖ろしくなるような出来事ですが、何かのメッセージだったのでしょうか。

堀添 自分の心の中に、『俺は良いことをしているんだ』という甘えや傲慢さがあったかもしれないと、後から思いましたね。
 そうした態度に天が反省を促し、『ひたすら人のため世のため、謙虚に感謝して行いなさい』という啓示をくれたんでしょうね。

中川会長と堀添勝身さん中川 これだけ大変な目にあったのに、そう考えられるところは、とてもすばらしいですね。
 普通なら、なんで自分がこんな目に合わなければならないんだ。これほど人のためにやっているのにと恨み言になりますよね。
 私どもも、今、堀添さんが言われたようなものの考え方、受け止め方が日常生活の中でできるようにと、見えない世界のことを勉強しています。そういう仲間がたくさんできるといいんですけどね。

堀添 このハイゲンキという雑誌で、どんどんと発信してください。元気が一番ですから(笑)。

(後略)

★この対談の続きは『月刊ハイゲンキ2008年4月号』でご覧いただけます。


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