今月の対談「いい人いい話いい氣づき」

2017年10月:「早坂 隆」さん

早坂 隆

早坂 隆(はやさかたかし)さん

1973年生まれ。愛知県出身。ノンフィクション作家。著書に『永田鉄山昭和陸軍「運命の男」』『松井石根と南京事件の真実』(以上文春新書)、『愛国者がテロリストになった日 安重根の真実』(PHP研究所)、『昭和十七年の夏 幻の甲子園 戦時下の球児たち』(文春文庫)、『鎮魂の旅 大東亜戦争秘録』(中央公論新社)、『戦時演芸慰問団「わらわし隊」の記録 芸人たちが見た日中戦争』(中公文庫)など。

『戦争でつらい体験をした人たちの思いに心を寄せる』

数千人のユダヤ難民の命を救った「オトポール事件」

中 川:
早坂さんの書かれた『指揮官の決断 満州とアッツの将軍 樋口季一郎』(文春新書)という本を興味深く拝読しました。私どもは毎月、全国各地で真氣光研修講座という3泊4日の合宿を行っています。7月には小樽の朝里で開催しましたが、そのときに、ある参加者の話から、ここにはたしか、戦争中にユダヤの難民にビザを発給した樋口季一郎が住んでいたという話を思い出したのです。
樋口季一郎については、私も詳しいことは知りませんでしたので、気になっていろいろと調べてみることにしました。そしたら、早坂さんの本に出会い、読ませていただいて、こんなにもすばらしい人がいたのだといたく感動しました。それで、ぜひお話をうかがえればと思って、この対談をお願いした次第です。
早 坂:

ありがとうございます。樋口季一郎という人は、最近になって少しずつ知られるようになってきましたが、私が本を書いた2010年当時は一般的には知名度はとても低かったですね。
日本人によるユダヤ人の救済と言うと、リトアニア駐在の外交官だった杉原千畝が有名です。1940年(昭和15年)、杉原はリトアニアに逃げてきた約6000人のユダヤ人難民に特別にビザを発給し、その命を救ったということで、多くの人に知られています。
実は、樋口はその2年前、昭和13年にナチスに迫害されてソ連と満州の国境の地まで逃げてきたユダヤ難民に対して、特別なビザを発給して、彼らの命を救っています。当時、樋口はハルビン特務機関のトップでした。
この出来事は、その舞台と
なった地名から「オトポール事件」と呼ばれています。まだまだ知らない人が多いですけね。
中 川:
私も杉原千畝のことは知っていましたが、樋口という人については、ぼんやりとしか知りませんでした。
早坂さんは、どういうことから樋口季一郎のことを知られたのですか。
早 坂:
私は20代のころ、海外の紛争地に興味をもちました。ルーマニアに2年ほど滞在して、首都ブカレストのストリーチルドレンの取材をしたこともあったし、ほかにも、パレスチナやイラク、旧ユーゴスラビアなどを取材して回っていました。
海外を回っているうち、自分の国の戦争はどうだったのだろうと、調べてみる気になりました。当時、日中戦争を体験している祖父が存命だったので、その話を聞くことから始め、それがきっかけで埋もれている昭和史を取材するようになって、その流れの中で、樋口のことを知りました。
中 川:
ユダヤの難民は、満州国を通って上海へ行き、そこからアメリカやオーストラリアへ渡ろうとしていたんですよね。でも、満州国は入国ビザの発給を拒否しました。当時、日本はドイツととても親しい関係でしたから、日本の属国だった満州としては、拒否するのは当然のことだったでしょうね。そんな中で、樋口がビザ発給という大英断を下すわけですよね。大変なことだったと思います。
彼の決断で数千人のユダヤ人が救われました。2年後に同じことをした杉原千畝が映画やドラマにもなって多くの人に知られているのに、樋口のことは、なぜ知られてなかったのでしょうね。まさに埋もれていたわけですが。
早 坂:
杉原は外交官で樋口は陸軍軍人だったということも関係していると思います。どうしても、戦後の風潮として、軍人のポジティブな話は美化と言われて、批難されることも多かったですからね。
中 川:
軍人イコール悪だと思っている人が多いでしょうか。
早 坂:

ひとつのタブーになっていましたね。私としては、史実は史実として掘り起こす必要があると思ったから取材して記録として活字にしたかったのです。決して美化しようとしたものではありません。
ユダヤ人へのビザ発給は、樋口の独断でできたわけではありません。当時満鉄の総裁だった松岡洋右や関東軍の参謀長だった東条英機も協力的に動いていました。
樋口の行動には、当然のことながら、ドイツから抗議がきました。軍の司令部でも問題になって、樋口に出頭命令が出ます。樋口は東条に会ってこう言い放ちました。
「参謀長、ヒットラーのお先棒を担いで弱い者いじめをすることを正しいと思われますか」東条は樋口の言葉に耳を傾け、彼の決断に理解を示しました。それがきっかけになって軍司令部内での樋口への批判は下火になり、ドイツからの抗議も不問に付されました。

<後略>

(2017年8月22日 東京日比谷松本楼にて 構成/小原田泰久)

著書の紹介

著書の紹介

「指揮官の決断―満州とアッツの将軍 樋口季一郎」 早坂隆(著) <文春新書>

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