今月の対談「いい人いい話いい氣づき」

2018年6月:「西澤 孝一」さん

西澤 孝一

西澤 孝一(にしざわこういち)さん

昭和23年愛媛県生まれ。16歳のときに坂村真民と出会う。18歳で真民の詩に感銘を受け愛読書となる。大学を卒業後、愛媛県庁に就職し定年まで勤める。その間、真民の三女・真美子と結婚。真民の晩年を共に過ごし、最期を看取る。平成24年より坂村真民記念館館長。著書「かなしみをあたためあってあるいてゆこう」(致知出版社)

『自分に厳しく、人にやさしく。詩人・坂村真民の生き方に学ぶ』

東日本大震災の一年後の3月11日に記念館はオープン

中 川:
こちらは松山市の隣の砥部(とべ)町というところですが、とてものどかでいいところですね。坂村真民さんというと「念ずれば花ひらく」という詩が有名ですが、仏教詩人とか癒しの詩人と呼ばれて、真民さんの詩や随筆はたくさんの方に読まれています。2006年に98歳でお亡くなりになりましたが、今でも根強いファンがこの坂村真民記念館を訪ねてこられるようです。今回は坂村真民記念館の西澤孝一館長にお話をうかがいます。よろしくお願いします。
西 澤:
ようこそ砥部町へ。砥部町で良く知られているものというと砥部焼でしょうね。ほかの陶磁器と比べると厚手で頑丈なのが特徴です。隣の香川県は讃岐うどんが有名ですが、讃岐うどんの器としてよく使われています。
中 川:
初めてうかがいました。真民さんの詩は、私どものこの会報誌でも連載で紹介させていただいていました。1996年10月号から98年3月号まで18回です。何とすてきな詩を書かれるのだろうと、一度、お目にかかりたいと思っていました。残念ながらお会いできませんでしたが、こうやって記念館にうかがうことができたのも何かのご縁かと思います。
この記念館のオープンの日は3月11日だそうですね。東日本大震災の翌年の2012年ですね。
西 澤:

この記念館の計画が進み、いつ開館するかを決めようとしていた矢先に東日本大震災が起りました。その後、東北の方は大変な思いをされているわけですが、被災された方々から、坂村真民の詩を読んで勇気や希望をもらったという声がたくさん寄せられるようになりました。それなら、3月11日をオープンの日にして、愛媛から東北にエールを送ろうと、翌年の震災の日に開館しました。
中 川:
そうでしたか。真民さんは熊本のお生まれですよね。長くこの砥部町に住んでおられたので、それでこの場所に記念館が作られることになったわけですね。
西 澤:
真民は、神宮皇學館(現・皇學館大学)を卒業後、生まれ故郷の熊本で教員になりました。その後、朝鮮に渡って師範学校の教師をし、終戦後、朝鮮から引き揚げて愛媛に移住し、高校の教員として国語を教えていました。58歳のときに砥部町に居を構え、亡くなるまでここに住みました。
この記念館は町営の施設ですが、前の町長が坂村真民の詩の大ファンで、真民が亡くなった後、記念館を作りたいという働きかけが家族にありました。
本人が生きていたら作らせてくれなかったでしょうね。そんなのは必要ないという考え方でしたから。でも、自分の詩を若い人とか後の時代の人たちに読んでもらいたいという思いは強くありましたから、記念館があれば真民の世界をもっと広く知ってもらえます。それなら許してくれるだろうと、家族が勝手に判断しました(笑)。
中 川:
きっと喜んでおられますよ。さっき、特別展(「坂村真民という生き方~坂村真民の生涯を貫いた生き方とは~」6月17日まで)を拝見しましたが、すっかり見入ってしまいました。直筆の詩はもちろんですが、日記も公開されていて、真民さんがどう生きたのか、じわっと伝わってくる感じがしました。
西 澤:
ありがとうございます。年に三回の企画展をしていますが、今回はその集大成といった意味合いで開いたものです。この記念館のスタッフはパートでお手伝いしてくださっている方ばかりなので、どういう展示をするかは私がすべて考え、展示品や資料も集めないといけません。けっこう大変なんですよ(笑)。
中 川:
真民さんのことは西澤さんが一番ご存知だとお聞きしています。真民さんとはとても不思議な縁でつながっているわけですが、そのあたり、お話ししていただけますでしょうか。
西 澤:

私が真民の詩を知ったのは高校を出て福岡の予備校へ行っているときでした。寮に入っていたのですが、富山から来ていた友だちから、お前は愛媛県出身だけどこの人を知っているか? と言われて『自選 坂村真民詩集』を紹介されました。その詩集を読んで、私はすごく感動しました。
そのあとですよ、驚いたのは。実は私の家内は真民の三女で真美子といいますが、高校時代に私は彼女とお付き合いをしていました。高校生のころ、彼女のお父さんとして真民とはお会いしていますが、詩人だったとは知りませんでした(笑)。
真美子は、確かにちょっと変わった女の子でした。ああいう詩を書く人の娘だからだったんだと納得した覚えがあります。

<後略>

(2018年4月4日 愛媛県伊予郡砥部町の坂村真民記念館にて 構成/小原田泰久)

著書の紹介

著書の紹介

「かなしみをあたためあってあるいてゆこう」 西澤 孝一 著(致知出版社)

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